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短編小説「黄金の稲穂は揺れる」(6)
 チュチェ110(2021)年に出版された短編小説「黄金の稲穂は揺れる」
第6回

 百聞は一見に如かず、と直接目で見たカンミョン里の被害状況は甚だしかった。里文化会館は跡形もなく崩れ、大小の家々は瓦が飛び去って「裸」同然になったものが多かった。
 小高い丘の木々は「伏せ!」という号令に従がうように根こそぎになったのが地面に並んで寝そべっていた。桑の木は幹が剥がれて切干のようにぐるぐる巻かれていた。
 どの家から飛んできたのか、子供が描いた水彩画を拾ったパク・チンスは半狂乱の自然の強さを改めて痛感した。
 パク・チンスが村ではじめて出会ったのはキム・ヒョンアという作業班の技術係の娘だった。苗が風に吹き飛ばされて空っぽになた苗代の前に屈み込んで泣いていた。
 ヒョンアの泣き声は聞くだけでもかわいそうだった。一年の農作のために育てた苗が吹っ飛んでしまったからに違いない。だからといって泣いている娘を放っておくことはできなかった。
 「泣きやめなさい」
 わけのわからない声にびっくりしたのか、娘は涙顔でパク・チンスを見上げた。
 パク・チンスは言った。
 「勇気を出してやり直しましょう」
 娘は頷いた。慰めの言葉より聞きのよいのか、ありがとうと答えた。娘はパク・チンスと一緒に歩き始めた。歩きながらも何かしら、しきりに後ろを振り向いた。
 「また苗を出して平野を青くしましょう」
 「ええ、そうなればどんなに良いでしょう」
 娘は両手を取り合い、涙を浮かべて見つめた。娘はパク・チンスの言葉からなにかしら違う人情味を感じたのか、自分を名乗り、聞きもしない来歴まで話した。
 田んぼが多いところに生まれ、初めて見たのは稲、なれたのもやはり稲なので、娘は人一倍、稲に愛着を抱いていた。
 幼いとき、両親を探して田んぼに来ては、偶然、稲にちくちく刺されて、わけがわからない面白さに駆られた娘は、独りでに座り込んで稲の粒を数えてみた。そして粒を庇う「髭」のような絹糸を撫で上げた。その肌触りがなんと良かったことか。
 娘は生まれて初めて、物を言えない生物にも感情があり、自分を可愛がる人になつくのだと思った。今になってみるとあっけにとられることだが、幼心に宿った感情は容易く離れなかった。いや、日増しにいっそう深まるようだった。
 ある日、放課後に田んぼに出る途中、父に出合った。父は稲穂を手にしている娘を見て聞いた。
 「お前、手に持ってるのはなんだい?」
 「稲穂ですよ」
 娘は目を丸くして父を見上げた。
 「どうしてそれを持ってるんだい?」
 「道端で拾ったんだけど、可愛くて、あたし、大きくなったら稲を育てる人になるのよ」
 父は偉いと言っては、娘を高く抱き上げた。そして、ここは、気候が温かく、お日様が近くて穀物がよく育つと言った。娘は喜んでにこっと笑った。
 娘は中学校を卒業して農業大学に入学した。新しい営農技術を習い、幼年時代の夢をかなえようとした。
 大学を出て、胸の高鳴りを覚えながら故郷に戻った娘は、意外にも父がピョンヤンに勉強しに行くことを知った。
 父と共にはじめての農作に思いっきり取りかかろうと思っていた娘はがっかりした。父も娘の帰郷を両手をあげて喜んだが、片隅には娘に作業班の一年の農作の重要な部分を任せて行くのが気になって足を運べなかった。
 所在地村の作業班長が脱穀場の補修中に腰を痛めたのだ。作業班長は農繁期の前に作業班の農作を任せるのがすまなく、ヒョンアを作業班の技術係にしようと言った。大学を卒業したヒョンアは技術係を立派にこなせるとのことだった。
 それでヒョンアは作業班の技術係になった。
 なのに、父まで勉強しに行ってしまうとは思いもよらなかった。何ヶ月間だと言っても、父は田植えが終わり、稲がだいぶ育ったときに戻ることになる。