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短編小説「百日の写真」(10)
 チュチェ113(2024)年 出版

 自信なさそうなカメラマンの話を聞きながら、太陽が沈もうとする山の頂点に目をやっていたチェ・ボクマンの顔が急にほころんだ。
 「あなたの言うとおり、あの山の頂まで登って、オクポ里の所在地まで写真に収めればいいってわけですね。そうすればきっとそうなりますね。さあ、お疲れでしょうが日が暮れる前に登って見ませんか、もう少しの辛抱です」
 「あそこまで登ってイノシシやトラの写真まで撮らせるつもりかな」
 「イノシシなら、イノシシ、トラならトラ、なんでも結構ですから、早く行きましょう」
 「ちょっと待って。あの頂まで登ってまた降りてくるとすれば・・・」
 「疲れ果てて登れないなら俺が負んぶしてあげますから、早く」
 「なにを言っているんだ」
 早く負んぶしてくださいとでも言わんばかりに向けられる彼の広い背中を押しのけて、カメラマンは多少怒ったような口調で言った。
 「君の玉のような娘の百日の写真撮れなかったらどうする、それを心配してのことだよ」
 「百日の写真は今日撮れなければ、明日撮ってもいいんですよ。しかしですな、この道を写真にきちんと収めて置かないと、この俺は革命事績にゆかりのある物の保存を担当した者として永遠にその罪を償えないと思います」
 「そうですか。さすが、チャンソンの保存係の人ですな。さあ、登りましょう。日が暮れる前に。俺はチャンソンの名のない一般のカメラマンに過ぎない。けど、チャンソンの移り変わりがどんな道があってなされたのかを子々孫々伝えることに一役買いたいですな」
 こうして、チェ・ボクマンはその日のうちに、オクポ里の放牧地に通じる険しい山道を写真に収めることができた。その写真が今、チャンソン革命事績館に展示され、ソンオクがその解説を受け持っているが、このことは、当時チェ・ボクマンが夢にも思わなかったことだった。
 写真を撮る間、もう太陽は沈んでしまい、降りてくる途中、カメラマンは足が滑ってしまった。そのはずみにカメラのレンズを壊してしまった。
 「そういうわけで、オクポ里の放牧地に通じる小道が母さんの百日の写真になってしまったのよ。でも母さんはね、ちっとも惜しくないの。返ってお祖父さんのこと誇りに思っているの、それでお祖父さんの後を継いで、母さんも革命事績館の解説係になったのよ」
 いつのまにかすやすやと眠り込んでしまったチュンソンを相手に話をしていたソンオクが気がついてみるともう事績館の前だった。まだ出勤するには早い時刻だったので、事績館の周辺は静まり返っていた。
 窓ガラスが朝日を照り返してきらきらと輝いている事績館を遠くから眺めてソンオクはにっこり笑った。負んぶしたチュンソンをからげてしばらく歩いた。ふと後ろから呼ぶ声が聞こえた。
 「ソンオク、ソンオクさんでしょう」
 ソンオクはその声を聞くだけで、革命事績館の館長であるキム・ミョンスンであると知った。振り向くと事績館の方からあたふたと走って来る彼女が見える。
 早朝から彼女にも百日の写真と同じような急務でもできたのか、呼ぶ声にも走り方にも緊迫したものが感じられた。
 「ソンオクさん、今どこに行くの」
 「え?、写真館に行くところですけど。今日がうちの子の・・・」
 ソンオクは負ぶった子を館長に見せた。
 「そうそう。今日百日でしたね。でも・・・」
 館長はいやおうなしに彼女の手を引いた。
 「なにかあったんですか」
 「とにかく、行きましょう、時間がないわ」
 「私は」
 ソンオクはわけもわからず、館長に引かれるまま、事績館へ向かった。