朝鮮民話「かしこいウサギ」
煙草の煙を鼻から吹き出しながら木の上を見上げると、そこにはコウノトリが巣にうずくまって卵をあたためていました。
トラはコウノトリを見あげて、こう言いました。
「ねえ、コウノトリさん。その卵を一つくれないか。のどが渇いてね」
「ふん、あたしの卵がおまえさんの餌だとでも思っているのかい。そんなまぬけたことを言うんじゃないよ」
コウノトリはきっぱり断りました。
「なんだと? わしにたてつく気か。木に火をつけてくれるぞ」
トラは、いきりたって怒鳴りつけました。
驚いたコウノトリは、卵の一つをトラに与えました。意地の悪いトラが木に火をつければ、巣ごとみな燃えてしまうからです。
トラはそれをペロリと食べてしまうと、またねだりました。
「おまえさんの卵は実にうまいな。もう一つだけくれないか。どうも食い足りないよ」
コウノトリは、かわいいひなにかえる卵をそれ以上渡すわけにもいかず、そうかといって荒あらしいトラの機嫌を損ねるわけにもいかないので、やるせない涙を流しました。
このとき、山のむこうから1匹のウサギがやってきて、その哀れな姿に目を止めました。
「コウノトリのおばさん、どうして泣いているんですか」
ウサギは心配そうに聞きました。
すると木の下にうずくまってコウノトリを見上げていたトラが、「しめた! これはまたいい餌にありついたわい。ウォーッ!」と言って、今度はウサギに襲いかかろうとしました。
木の上に気をとられ、トラがいるとは知らなかったウサギはびっくりしました。恐ろしさのあまりブルブルふるえていたウサギの頭に、ふとうまい考えが浮かびました。
「あら、トラのおじいさん、こちらにいらしてたんですか。おなかが空いたでしょう。わたし、いま食べ物をとりそろえておじいさんを探していたところなんですよ。さあ、早くまいりましょう」
「いったいどんな餌だい?」
「牛肉よりもおいしいスズメの肉ですよ。あんなコウノトリの卵とは比べものになりません。おいしいスズメの肉をたんとさしあげますから。さあ、早く…」
ウサギは長い耳をぴんと立ててうながしました。
「スズメの肉を手に入れたのなら、ここに持ってくればよいのに、どうして手ぶらでやってきたんだ?」
トラはゴクリとのどをならしながら残念そうにウサギを見つめました。
「だって、トラのおじいさん、わたしがかついできたって、それだけでは足りないでしょうよ。じかに行ってたくさんお上がりになったほうがいいですよ。さあ、まいりましょう」
ウサギはこう言って先に立つと、道を案内しながらピョンピョンとかけていきました。
喜んだトラは、のそりのそりとウサギのあとにしたがいました。ススキの茂みの中へトラを誘いこんだウサギは、こう言いました。
「さあ、ここに座って口を大きくあけて待ってくださいよ。わたしがスズメの群れを追ってきますから」
「な、なんだと? これからスズメの群れを追ってくるというのか」
ついてきさえすれば、すぐさま餌にありつけるものと思っていたトラは、不満げにウサギをにらみつけました。
「スズメは生きたまま食べてこそおいしいんですよ。ちょっと目をつぶって待っていてください」
「目をつぶっていろというのか」
「そうですとも。そうすればスズメの群れが安心して口の中へ飛びこんできますから」
トラは目をかたくつぶってうなずきました。
そのすきにウサギは、トラのポケットにある火打ち石をそっと抜き取りました。そしてそれで火を起こし、ススキの茂みに火をつけました。
秋風に乾ききったススキの茂みは、またたく間に燃え上がりました。
火の手はあたかも、スズメの群れが飛んで来るような音を出しながら、トラのいるところへ迫りました。
「うむ、スズメの群れがだんだん近づいてくるんだな」
愚かなトラは目をかたくつぶり、いまかいまかと口を大きくあけて待っていましたが、毛に火がついたのでびっくりぎょうてんして逃げ出しました。
逃げまどうトラは、火だるまになってしまいました。結局、木に火をつけてコウノトリの巣を焼きはらおうとしたトラは、かえって自分が焼け死んでしまったのです。
老いたトラが焼け死んだという知らせは、トラの仲間たちにも伝わりました。
「おれたちがこの世で一番強いと思っていたが、火がうちのおじいさんを殺したのだ。これからは火に気をつけなくちゃならん」
こうしてその後、トラたちはたいへん火を恐れるようになりました。
それで昔の人たちは、夜道を歩くときは火種を身につけて歩いたそうです。