朝鮮民話「ほんとうの友」
その父には友だちがあまりいませんでしたが、息子にはたくさんいて、毎日、入れかわり立ちかわりたずねてきました。
「チャンセ、いるかい」
友人たちは部屋にあがりこんでは、笑いさざめきながらお酒を飲んだり、歌をうたったりして遊びました。
けれども、父の友だちはめったにたずねてきませんでした。
(お父さんはなんてきまじめなんだろう。友だちづきあいもしないで、何が楽しみなんだろうか)
こう思った息子は父にたずねました。
「お父さんには友だちがいないのですか」
「わしにもいるさ」
「じゃ、なぜ遊びにこないのですか」
「遊びにこなくたって、友だちにはちがいないよ。わしの友だちはみな働き友だちだから、野良へ出れば会えるんだ」
息子は父の言葉が理解できず、首をかしげました。
「友だちなら、しょっちゅう会って、笑ったり騒いだりするのがほんとうで、ただ一緒に働いているというだけで、どうしてほんとうの友だちになれるんですか」
しかし父のほうは息子の言葉が理解できず、首をかしげました。
そこで2人は、どちらがほんとうの友だちかをためしてみることにしました。
父親は家のブタを1匹つぶして、こもにつつみました。
「チャンセ、これをかつぐんだ」
息子は言いつけられたとおり、こもにつつんだブタを背負いました。
「おまえの友だちの家はどれだ?」
ある村の入り口で、父は前に立って歩く息子に聞きました。
「この村の家はほとんど、ぼくの友だちの家です」
「それじゃ、そのまま誰かの家へかけこんで、かくまってくれとたのんでみろ」
「どうしてですか」
「おまえの友だちが、どれほど友情に厚いか、ためしてみるのさ」
息子は、わかったとうなずきました。
ちょうどそのとき、ある家から明りがもれてきました。チャンセといちばん親しくつきあっている若者の家でした。
息子はその家の戸をあけて中へ入り、「おい、おれをかくまってくれよ」とたのみました。
「なんだ、それは?」
友だちはチャンセが背負っているこもづつみを見て、目を見張りました。
「見てもわからんのか。追われてるんだ。早くかくまってくれよ」
「かくまってくれって? そんな恐ろしいことをしでかして、なんでここへとびこんできたんだ」
友だちは、あとのわざわいを恐れて、チャンセを押しもどしました。
チャンセは腹をたてながら、つぎの家へ向かいました。そこは飲み友だちの家でした。
「どろぼうだ、つかまえろ!」
父親が声をはりあげると、息子はその家にかけこみました。
「おい、これをちょっとかくしてくれないか」
チャンセは息をはずませながら言いました。
「えっ、なんだいそれは?」
友だちはこもづつみを見て、目を丸くしました。
「何がなんだ。ブタだよ。追われてるんだ。早くかくまってくれよ」
チャンセはいらいらしながら言いました。
「ちえっ、ブタを盗んだんだな。おれんちには、そんなものをかくす場所がない。ほかへ行けよ」
その友だちもあとがたたっては大変だと、チャンセを外へ押し出しました。
2度も追い出された息子は気分を害して、第三の家へ向かいました。
(こんどこそは、うまくいくだろう)
そこは、ばくち仲間の家でした。
また父が「どろぼうだ。つかまえろ」とどなると、チャンセはその家へとびこみました。
「おい、とんだぬれぎぬを着せられたんだ。おれを助けてくれよ」
息子は息をはずませながらたのみました。
「どうしたんだ?」
「おれがブタをかついでいるんで、どろぼうと間違えられて、追われてるんだ」
「ブタを盗んだから、盗っ人呼ばわりされたんだろう。ここでぐずぐずしないで、早く出ていけよ」
その友だちもあわてて、チャンセを外へ押し出しました。
3度も追い出されたチャンセは、がっかりしました。
それでもまた、何人かの友だちをたずねてみましたが、だれ一人助けてくれる者がありません。
(いつもは、骨だろうが肉だろうがけずってやる、なんて言っていたやつらが、いざとなると、だれー人見向きもしないのか)
友だちが多いことを自慢にしていたチャンセは、気がめいってなりません。
こんどは父親のほうがこもづつみをかついで、自分の友だちの家へ向かいました。
そこは野良仕事をしながら親しくなったオさんの家でした。
父は息子に、「どろぼう!」と叫ばせたあと、その家にとびこみました。
「オさん、困ったことができたんだ。これをちょっとかくまってくれないか」
父はおろおろしながら言いました。
「えっ、なんだそれは?」
「見てわからんのか。どろぼうだとか言って追われてるんだ。早くかくまってくれよ」
「おやおや、とんだ災難だ。さあ、あがれよ」
オさんは、どろぼうという言葉を聞いても、すこしも気にせず、喜んで父親を迎えいれました。
やがて家の中からは、おだやかな話し声がもれてきました。外で父が追い出されるのを待っていたチャンセは、耳をそばだてました。
「どろぼうをかくまったからといって、あとがこわくないのかい?」
「じょうだんじゃない。おまえが盗みをはたらくなんて、そんなこと信じやしないよ」
「なぜ信じないんだ」
「そりゃ、おれの親友だからさ。おれは親友がまじめな男だってことを知っているから、そんなサル芝居にはのらないんだ」
チャンセは胸がキリでさされたように痛みました。
(あ、これこそほんとうの友だちだ。あんなに深く信じているから、平気で部屋にあがれと言えるんだ)
チャンセは、飲み友だちやばくち仲間を親友だと考えていた自分のおろかさに、はじめて気づきました。
部屋の中からは、また話し声が聞こえてきました。
「あしたは誕生日なんだろう。つまらないものだが、おれの気持ちだと思って、ブタ肉を受けとってくれよ」
父がオさんに言う言葉でした。
そして酒を飲んだり、ばくちを打ったりしてつき合ってきた仲間をすて、ほんとうの友だちをつくるためにつとめたのです。