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短編小説「3年、30年」(9)
2024年作



 チョルミョン:将来、どんなやつがあんな娘と結婚するだろうかな。まるで、キツツキみたいじゃないか。
 チュンミン:そう言われると、お前、この頃、彼女から音楽を教えてもらっているんだな。
 チョルミョン:そう、時間別に課題を与えてどれほど遂行したのか、監督しているんだよ。結構、俺も図太いところあると思ってたけどさ、そんな俺さえ抗弁など一切できないんだから。ピアノに向かい合って強張った指を一所懸命動かしながら夜を更かしている有様なんだよ。
 チュンミン:ざまみろ、いの一番に賛成したのは誰だ、もうお手上げってことかい。
 とにかく、あんなことまで言うのだから、君もさぞかし辛かっただろうな。

 大きな声でからかってやろうと思った僕は考え直して独り言のようにつぶやいた。

 ハクソン:それは取り越し苦労です。ソルミさんにはすでにモーションかけている人がいるらしいんです。まあ、ソルミさんのほうが夢中になっているようにも見えますけどね。

 運動着姿のハクソンが両手をふうふう吹きながら近づいて来た。僕とチョルミョンは彼に鉄棒を教えているところだった。

 チュンミン、チョルミョン:それ、本当。
 ハクソン:本当です。時々彼女の家にも訪ねて来るようですが、なかなかハンサムでしてね。大学の教員か、博士課程の研究院生だと言ってました。
 チョルミョン:まだ子供の癖になにを言っているんだ。
 さあ、今度は平行棒だぞ。

 ハン・チョルミョンが怒ったふりをして怒鳴りつけるとハクソンは落ち込んで平行棒のある方へ歩き出した。
 僕もなんだか冴えない気分になった。そういえば理解に苦しむほどのものでもない。

 チョルミョン:ハクソン君、もういいからこっちにおいで。
 さっき言ったことお前、ちゃんと見たのかい。

 ハクソンは少し怖気付いた表情をした。

 ハクソン:何度か見かけたんです。その人が帰るときはソルミさんが玄関先まで見送りに出ているのです。でも、そのどこが悪いですか。
 チョルミョン:単純だな、お前は、ははは。
 チュンミン:じゃ、僕たちは大の男だから、乙女のこの秘密だけは守ってやろうよ。そのうえ、初級団体書記の権威も考えなければならないんだ。

 午後になると、ソルミは僕と並んでキャンバスに向かい合った。

 チュンミン:さあ、またやってみよう。

 実のところ、僕には大変うんざりすることだった。
 そして、他人の秘密を知っていながら白を切っていると思うと、何だか偽善者になったような気分だった。自分の声も他人のもののように聞こえた。
 ところが、僕の「教え子」の絵描きは思っていたよりずっとへただった。

 チュンミン:軍隊に出る前に何をしたんだ。美術は全く落第だな。

 ソルミは似つかわしくもなく、はじめて、ため息をついた。

 ソルミ:私は小学生のときから音楽にだけ専念していました。正直言って、将来、有名なピアニストになりたかったんです、それは母が抱かせた夢でもあったんです、それに、担任の先生も音楽がとても好きな方だったし。

 話しの続きは聞かなくても分かるような気がした。音楽に夢中になって他の科目は疎かにしたに違いないだろう。中学時代に音楽クラブに通っていた女の子の中によくそういう連中がいたのだ。

 チュンミン:どの小学校だったんですか。

 僕は手頃な鉛筆を一つ取り、さりげなく聞いた。

 ソルミ:リュソン小学校です。

 僕はぎくりとした。なにかいやな予感が急に僕を襲った。母が教師を勤めていたその小学校だった。ひょっとすると?
 手に取っていた鉛筆が小刻みに震えるのを感じた。その教師の名前を聞きたかったが、思いもよらない言葉が口から飛び出してしまった。

 チュンミン:すると、その先生のため、そうなっ・・・
 ソルミ:いいえ

 断固否定したソルミはまだなにも描き入れていない白紙に塵でもついたのか、やたらに消しゴムでこすった。

 ソルミ:それは全て私のせいです。音楽をやると有頂天になってほかの科目にはほとんど目も向けなかったんですから。

 僕は神経を尖らせた。ソルミが自分を責めてはいたが、彼女の小学校時代の先生の思い出の中に、美しくないなにかが潜んでいるのを感じ取ったのだった。

 チュンミン:ところで、なぜ音楽大学に入学しなかったんですか。

 ソルミは両頬を膨らませて、消しゴムの屑を吹き払った。

 ソルミ:志望はしたんですけど、成績が悪かったので・・・

 「?!」
 僕は深刻な表情になったが、彼女は全く気づいていなかった。