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朝鮮民話「将軍堂の話」
 昼間も日のさしこまない深い森の中に、小さな村がありました。森の猛獣は夜ごと村を襲って家畜をさらい、村人を食い殺していました。
 恐怖にかられた村人たちは、山の神の怒りをしずめるため絶壁の下に将軍堂を建て、毎年、山の神を祭って娘を供え物にしました。そうすれば災厄を免れ、豊作を収めることができると信じていたからです。順をきめて娘を捧げるならわしだったので、娘のいる家にはいつかは番がまわってくるのでした。
 今年は、ソ老人の16歳になるひとり娘が生けにえになる番でした。老人は大事な娘を供え物に捧げるのだと思うと、胸が張りさけそうでした。
 「なんとむごい山の神だ。この老いぼれになんの罪があって、わしのかけがえのない娘を生けにえに捧げろというのだ」
 老人は夜も日も涙とため息ばかりでした。娘も日一日と祭りの日が迫るにつれ、悲しみがつのるばかりでした。
 ある日のこと、娘は裏の戸口に立って、涙にうるんだ目で遠い空を眺めていました。すると、そこへ1匹のガマが現れて敷居の上にまたがり、口をパクパクさせました。娘はガマがひもじがっているのだろうと思って残飯を一握りあたえました。ガマは飯を口にくわえ、森の中へ姿を消しました。
 その後、ガマは毎日、そのころになるときまって戸口の前に現れては飯をもらうのです。 ガマはだんだん大きくなって小牛ほどになりました。
 ついに娘が生けにえになる日がやってきました。身仕度をする彼女の胸は張りさけそうでしたが、悲しみにくれている親のことを思うと、声をあげて泣くこともできません。彼女の頬にはとめどもなく涙が流れ落ちました。
 娘が別れを告げて家を出たとき、父も母も地べたに身を投げて声をふりしぼりました。
 「娘や、行くんじゃない!」
 「父さん!」
 「母さん!」
 娘はその場にくずおれ、膝に顔をあててむせび泣きました。その悲しげな泣き声に、村人たちもみなもらい泣きしました。
 娘を乗せたかごが将軍堂に着くと、男たちは祭壇に食べ物を供え、その真ん中に娘を座らせました。
 やがて祭事を終えた村人たちは、彼女をひとり残して帰っていきました。
 夜が更け、虫の鳴き声も途絶えたころ、堂の後ろ壁が崩れるような音がしたかと思うと、雄牛ほどもある大きなムカデが岩を伝っておりてきました。それを見た娘は気を失ってしまいました。
 ムカデが娘を襲おうとした瞬間、祭壇の下からガマが姿を現し、ムカデめがけて毒を吐きかけました。
 ムカデはガマに飛びかかりました。するとガマはもう一度毒を放ちました。ムカデは悲鳴をあげてのたうち、ついに動かなくなってしまいました。
 ガマは祭壇の上で気を失っていた娘を背に乗せて家に帰りました。ガマが息をはずませながら姿を現すと、ソ老人夫婦は夢ではないかと喜びの涙を流しました。
 老夫婦は娘をあたたかいところへ寝かせ、手足をもんでやりました。しばらくして娘は息を吹き返しました。
 ところで2人は、娘が帰ってきたことを村人たちに知らせませんでした。村に何かよくないことでもあれば、娘のせいにされはしまいかと恐れたからです。
 こうして貧しい暮らしにガマまで養うようになった一家は、3度の食事にもこと欠くようになりました。そのような事情を知ったのか、ガマは夜になると、どこからか米や塩を運んでくるのでした。そうしたある日の朝、娘が出した父の食膳をガマがひっくり返してしまいました。老人は娘の命を救ってくれたガマのことなので、怒りをこらえるほかありません。
 ソ老人は娘に、もう一度膳を出すようにと言いました。ところがガマは2度目の膳もひっくり返してしまいます。それでも老人は怒りをぐっとこらえました。
 3度目の膳が出されました。すると今度は、ガマが膳を持ち上げて老人の前にたたきつけたのです。
 もうがまんできなくなった老人は、きぬた棒を取り上げてガマの頭を叩きました。
 するとどうでしょう。部屋の中に濃い霧が立ちこめ、ガマの皮を脱ぎすてたりっぱな若者が現れたのです。魔法にかけられて、ガマの皮をかぶされていた若者は、棍棒で頭を叩かれなければ人間に返れなかったのです。
 その若者は力持ちで弓術にもたけていました。老人はかれをむこに迎えました。
 それからというものは、村に猛獣も現れなくなり、将軍堂に娘を捧げるならわしもなくなりました。
 そして村人たちは幸せに暮らせるようになったといいます。